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異常がわかった上で、出産をした夫婦

出生前診断を受けた後、出産したご夫婦の声をお届けします。当サイトを監修いただくクリフム出生前診断クリニックの患者様へのインタビューです。検査結果を受けてどのような選択をするかは、医師の指導ではなく個人の判断によるものです。ここでは、事実として公平に患者さんの声をありのままお届けしています。

不妊治療をへて授かった
染色体異常の子を出産した夫婦

出生前診断を受けるまでの経緯

妊娠初期に首の浮腫がみつかる

私は現在2歳の染色体異常の娘を持つ母です。私たち夫婦は長い間不妊治療を続けて、治療5年目にようやく赤ちゃんを授かることができました。

ところが妊娠初期の健診で赤ちゃんの首の後ろに浮腫があることが分かり、かかりつけの先生に出生前診断を受けることを勧められました。すがる思いで検査を受けることを決め、ネットで探し当てたのがクリフム出生前診断クリニックでした。

出生前診断の検査~結果が出るまで

結果が出る前に相談を重ねた

私はクリフム出生前診断クリニックで、羊水検査よりも早く結果が出る絨毛検査を受けることにしました。検査当日はすごく怖くて緊張していましが、検査自体は痛みも少なくあっという間に終わったというのが感想です。

結果が出るまで、もし赤ちゃんに障害があったらこの先どうするかなど夫婦で納得いくまで話し合い、母にも相談したりして結果を待ちました。

出生前診断の結果を聞いて

エコーを見て産む気持ちが固まった

詳しい検査結果で希少染色体異常と診断されました。そのことを聞いた時は「なぜこの子が…」とどん底に落とされた気持ちになり、正直育てられる自信も揺らいでいたのですが、夫先生のお話を聞きながらお腹の子の心臓が動いているエコーを見ていると涙が出てきて、この子の母親になりたいという気持ちが大きくなり産むことを決心しました。

クリニックに通うと心が落ち着く

それからは出産直前まで赤ちゃんの様子をクリフム出生前診断クリニックで詳しく見てもらい、その都度分かりやすく様子を説明していただきました。ずっと逆子だったので多い時は週に一、二回ペースで通院。赤ちゃんに会うのを楽しみに通うことができました。

今思えば不安だった日々を、先生方の優しいお言葉やスタッフの方々に癒してもらうために何度も足を運んでいたのだと思います。

出生前診断を受けた後の人生

クリニックに支えてもらえたから今がある

娘は障害を持って生まれてきて発達がゆっくりですが、いろんな成長を見せてくれています。あの時、夫先生の言葉に支えられながら、産む決心をして本当に良かったと思っています。

生まれてからも娘の成長を皆さんに見てほしくてクリフム出生前診断クリニックにお邪魔しましたが、温かく迎えていただき娘の成長を驚き、一緒に喜んでくださいました。

長く不安な妊婦生活でしたが、夫先生をはじめクリフム出生前診断クリニックの皆さんに出会えたから産むまでと生まれてからの覚悟ができたことに感謝しています。

第二子が染色体異常と
診断され出産した夫婦

出生前診断を受けるまでの経緯

詳しい検査をすれば不安がなくなると思った

地域の産婦人科で、問診票の「赤ちゃんに病気がある場合、全て教えてほしい」という項目に印を付けていました。その後、エコー検査で赤ちゃんの首の後ろに浮腫があると分かり、お医者さんから「確実に分かる検査を受ける方がいいと思うので、クリフムに行きませんか?」と勧められた事がきっかけで、クリフム出生前診断クリニックを受診する事にしました。

その夜、主人にエコー検査の結果と、クリフム出生前診断クリニックで検査を受ける事で不安が払拭されると思っていると伝え、検査受診の了承を得ました。実家の両親には、エコー検査の結果等は伝えませんでした。

出生前診断の検査~結果が出るまで

ダウン症の可能性50%と診断

クリフム出生前診断クリニックで初期ドックを受け、超音波検査で赤ちゃんの鼻骨が見えず、頚部の浮腫や心臓に逆流があるという説明を受けダウン症の確率が50%と出ました。その日以来、私は娘を寝かした後、夜な夜なベランダに出て、赤ちゃんに「ゴメンね、ゴメンね」と謝り、泣きました。そのうち、涙は出てこなくなりました。

絨毛検査を受け、すぐにダウン症ではないということは分かり安心しました。染色体検査の最終結果が出るまでは2~3週間かかるとのこと。

私達の赤ちゃんにはもう何もないと高をくくっていましたし、仕事や育児で多忙な毎日でしたので、検査結果を聞きに行く予約も取らずにいたところ、クリフム出生前診断クリニックから電話があり、「早く結果を聞かれる方がいいと思う」と言われました。

障害児の子育ての苦労を垣間見ていた

私は第一子の子育てが辛く、困難で孤独でしたので、周囲から顔色の悪さを心配されることもありました。そんな私を見かねて、遠方から両親が時々泊まりがけで手伝ってくれたお陰で、娘がここまで大きくなったと今も感謝しています。

両親のお隣りのご家庭は、重度の知的障害児さんを育ています。そのお宅の昼夜逆転の生活や、暴れるお子さんを苦労して外に連れ出す親御さんを毎日見ていたこともあり、両親は、私が初めて妊娠した時から「出生前診断を受けて、ダウン症候群なら堕ろしなさい」と強く勧めていました。

両親のフォローがないと子供を育てる⾃信が持てず、絨毛検査の結果、赤ちゃんがダウン症と確定するなら堕ろすしかないと思っていました。

一方、娘が赤ちゃんの誕生を心待ちにしていたので、「赤ちゃんは、お母さんのお腹にいるから元気だけど、お腹から出た後も元気でいられるか、まだ分からないの」と、説明していました。

出生前診断の結果を聞いて

ダウン症ではない染色体異常と診断

クリフム出生前診断クリニックで結果を聞く際は、6才の娘も連れていきました。夫先生が「いややわ、お姉ちゃん、賢そうやから話が分かってしまいそう」と困った様子でしたが、私は娘の同席を希望しました。

検査の結果、赤ちゃんは16番染色体の一部が足りないとのことでした。ダウン症とは別の染色体異常です。夫先生が「こう(16番染色体モノソミー)なると、私にも分からない。専門家に話を聞いてみる方がいいと思うので、行ってみない?お手紙を書きます」とのこと。

主人は言葉に詰まっていましたが、私は16番モノソミーが何なのか分からず、まずは専門家の意見を聞くことにし、ご紹介いただいた国立循環器医療センターの森崎先生から遺伝カウンセリングを受けました。16番モノソミーの報告が非常に数少ないため、将来どうなるか分からない部分があるものの、社会的に問題なく生活している人がいることも教えていただきました。

一般的に染色体異常の人に見られがちな身体的特徴を書いたプリントを受け取り、赤ちゃんを産むか、その場で話し合いました。

夫婦で意見が割れる

私は「両親の賛同を得られるとは思えない。最初の子育てが孤独で、両親のフォローなしでは無理だった事を考えると、障害のある子を育てる自信がない。私の友達は、交際相手のご兄弟が障害者だった事で、交際相手のご家族が地域で浮いていることを理由に親の反対を受けて破談した。娘の将来にどう影響するか分からないから、産めない」と言いました。主人は「僕が仕事を辞めて専業主夫になってもいいから、産んで欲しい」という考えでした。

なかなか歩み寄ることができない私達に、森崎先生は「染色体異常はあっても、ここまで生きているのには意味があると思います。知らなければ産んでいたのですから」と声をかけられましたが、私の気持ちは変わりませんでした。

見かねた森崎先生は「産むのは、お母さんです。お母さんの意志を尊重しましょう」と主人をなだめ、私には「この時期に堕ろす場合、出産と同じ方法で行います。もしかすると産声を聞くことになるかもしれない」と現実的な話を教えてくださりました。

結局、その時点では産まないという私の意志を尊重してもらうことに。

運動会で子どもたちを見るうちに気持ちが変わった

翌日、娘の保育園に運動会を見に行きました。色んな子どもが頑張る姿を見て「赤ちゃんを本当に諦めなきゃならないのかな…」と思うようになり、泣けてきました。

運動会の帰りに車の中で主人へそのことを伝えると、私の心変わりに主人は戸惑っていましたが、結果的に産むことにしました。

出生前診断を受けた後の人生

娘は素直に障害児を可愛がっていた

赤ちゃんは生まれてすぐNICUに入院し、1ヶ月半後に退院しました。自宅で赤ちゃんに授乳しながら、私はとてつもない事をしたのではないかと、自分の決断が恐ろしくなりました。しかし、その感情に浸る間もなく、娘の世話にも追われていました。

赤ちゃんは自力でミルクを飲む力がなかったので、ミルクを流し込むための管が鼻に入っていました。また頭がかなり大きく、いびつで、外見的にかわいいと感じられない日が続きました。

しかし娘が無邪気に赤ちゃんを可愛がる姿に少しずつ影響を受けて、私も赤ちゃんをかわいいと思うようになりました。

その後も、赤ちゃんの髪の毛が落ちているのを拾う時に「この毛で染色体を調べたら異常があるんだな…」とか、よその赤ちゃんを見ると「どうして我が家の赤ちゃんが…」と無意識に感じていました。

それでも、娘に合わせて「赤ちゃん、かわいいねぇ」と話したり、電車の中で見ず知らずの方が、我が家の赤ちゃんを笑顔で見てくれることに影響され、自然に赤ちゃんをかわいいと思うように変わりました。

ママ友と支えあって仕事を続けている

出産から1年経ち、NICUで知り合ったママと偶然出会いました。話してみると、彼女も私も2人目の出産で、お互いサラリーマンママでした。

それから彼女とメール交換を繰り返し、お互い、赤ちゃんの障害を知ってから産むまでや、産んでからの日々、何かと赤ちゃんが入院したので入院中の苦労話、赤ちゃんの通院等で有給休暇が足りずに欠勤せざるを得ない悔しさ等々を共有し、共感しました。

思えば、私が赤ちゃんを受け入れられたのは娘のお陰、赤ちゃんを育てながらも仕事を諦めずに続けているのはママ友のお陰でした。

病院に保育園…障害児の育児は孤独じゃない

また、娘の子育てはずいぶん孤独でしたが、赤ちゃんのことは、クリフム出生前診断クリニックをはじめ、関わってくださった医師や看護師さん、リハビリの先生方、保育園の先生方、地域の保健師さんや市役所が気にしてくれて、孤独になることはありませんでした。

お陰様で赤ちゃんは保育園でも小学校でも、常にお友達が集まってくれるような男の子になりました。

赤ちゃんは6才になりましたが、まだ3才程度の発達で、言葉が出ません。娘は弟を毎⽇「かわいい!」と⾔いながらも、小学3年生頃までは、ふいに私へ「うちに障害者はいないよね」と尋ねてきました。その都度「いないよ」と返事をして、いつの間にか娘はそういう質問をしなくなりました。娘が小学6年生の時、お友達へ言いにくそうに「この子は私の弟よ。これでも5才なの…。」と紹介しました。ただ、娘のお友達は息子を「かわいい!」と受け入れてくれたので、娘はすっかり気をよくしていました。今も電⾞に乗ると、乗客や⾞掌さんが息⼦を⾒てニコニコしてくれます。この⼦が世間に受け⼊れてもらえている、と思えることがとても嬉しいです。

ドクターからひと言
夫律子先生

お子さんがすくすく育っているようで何よりです。たくさん悩んで迷って、夫婦で相談しあいたどり着いた選択だからこそ、お子さんの成長一つ一つが大切に思えるのかもしれませんね。

夫律子先生

夫 律子(ぷぅ りつこ)

クリフム出生前診断クリニック胎児診断センター・胎児脳センター 院長(日本産科婦人科学会認定産婦人科専門医/日本超音波医学会認定超音波専門医/臨床遺伝専門医ほか)

【監修】クリフム
出生前診断クリニック
日本初の胎児診断専門施設

分娩・不妊治療・婦人科治療は扱わず、胎児診断を専門とする施設として2006年に開院。絨毛検査13,414件・羊水検査2,098件と、専門施設として実績豊富(2009年~2019年累計)。大学病院から紹介があるほど医療関係者から信頼が厚く、全国から妊婦さんが集まります。

クリフム出生前診断クリニック クリフム出生前診断クリニック

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※開院年度・実績については同院HP参照